明けないで夜を読んで、言葉の余白に立ち止まった

翻訳

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夜に本を読んでいて、
途中でページをめくる手が止まった。

涙がこぼれるほどではないのに、
胸の奥がじんわりと熱くなって、
「このまま読んだら泣くかもしれないな」と思って、
少しだけ本を閉じた。

そんなふうに、本を途中で閉じたのは久しぶりだった。

明けないで夜


目次

『明けないで夜』について

『明けないで夜』は、短い文章が連なって構成されたエッセイ集だ。
劇的な出来事も、はっきりした結論も、人生を導くような答えも、ほとんど出てこない。

描かれているのは、
ひとりで過ごす時間、
うまく言葉にできなかった感情、
誰にも見せなかった弱さ。

日常をなんとかやり過ごすために必要な、
映画館の暗闇のような「絶対的な安心感」。

名前のついていない気持ちや、
説明されない余白そのものが、
この本の魅力だと思った。


燃え殻さんという人

燃え殻さんは、1973年生まれ、神奈川県横浜市出身の作家・エッセイストだ。

音楽や映画、ラジオなどのカルチャーへの距離がとても近く、
その影響は文章の端々から自然に伝わってくる。

「燃え殻」という名前は、もともと音楽プロジェクト「馬の骨」の楽曲名に由来していて、
最初はSNSのアカウント名として使われていたものが、
そのまま作家名として定着したと知った。

印象的なのは、経歴や肩書き以上に、
言葉に対する姿勢そのものだ。

燃え殻さんの文章は、
誰かを断定しないし、
答えを急がない。

読み手が自分の感情を置いていけるような、
少し距離のあるやさしさがある。


答えをくれない言葉のやさしさ

最近、
正しさや結論が早すぎる言葉が多いと感じる。

SNSでも、ニュースでも、
「結局こういうことです」
「答えはこれです」
そう言われた瞬間に、
自分で考える余地が、すっと回収されてしまう。

便利だけど、
その速さに、心が追いつかないことがある。

燃え殻さんの言葉は、
「こう思えば楽になるよ」とも言わないし、
「これが正解だよ」とも言わない。

ただ、
問いだけを、静かに置いていく。

それは
「あなたはどう思う?」
「もしあなただったら、どうする?」
そんな声が、
文章の奥から滲み出てくるような感覚だった。

読み進めながら、
私は何度も立ち止まった。

この場面、私はどう感じただろう。
この気持ち、私はどう扱ってきただろう。
あの時の私は、
本当は何を言いたかったんだろう。

誰かの答えを借りるのではなく、
自分の中にある答えに、そっと触れられる感じ。

共感というより、
同意というより、
「考える余白を一緒に渡されている」感覚に近い。

だから私は、
途中で泣きそうになったのかもしれない。

悲しかったからでも、
感動したからでもなく、
自分の中に、しまったままにしていた感情が
静かに呼び起こされたから。

答えをくれない言葉は、
ときに不親切に見えるけれど、
本当はとても誠実で、やさしい。

考える力を、
自分に返してくれるから。


言葉の中に、居場所があるということ

強い言葉は、
ときに人を救う。

でも同時に、
逃げ場をなくすこともある。

燃え殻さんの言葉は、
逃げてもいい場所を、
ちゃんと残してくれている。

言い切らないこと。
曖昧なまま置いておくこと。
情けなさや弱さを、そのままにすること。

それらが許されている文章だから、
読んでいて「ここにいていい」と思えた。


私も、こういう文章を書きたいと思った

読み終えて、
「うまく書きたい」とは思わなかった。

ただ、
「こんなふうに、余白のある文章を書けたらいいな」
そう思った。

誰かを説得するためでもなく、
何かを教えるためでもなく、
正解を提示するためでもない。

読んだ人が、
少し立ち止まって、
自分のことを考えられる文章。

『明けないで夜』を読んで、
私はそんな文章に、
もう一度ちゃんと向き合いたくなった。


明けないでほしい夜がある

本を閉じたあと、
部屋は静かで、
夜はまだ続いていた。

明けないでほしい夜がある、
という感覚を、
久しぶりに思い出した。

そしてたぶん、
こうして言葉を書いている今も、
その夜の続きを、
私はまだ生きている。

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