映画『東京タクシー』が教えてくれた、人生の小さな決断の意味

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目次

映画のあらすじと背景

本作は、91歳の名匠・山田洋次監督が手がけたヒューマンドラマ。
主演は倍賞千恵子(85歳の高野すみれ役)と、木村拓哉(タクシー運転手・宇佐美浩二役)。

ある日、宇佐美は、85歳のすみれを高齢者施設まで送る仕事を引き受ける。
けれどすみれは、車に乗り込むとこう頼む。

「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがあるの。」

そうして、ふたりの1日だけの旅が始まる。
道中、語られる過去、揺れ動く心、ふと生まれる信頼と温もり。
やがてこの一日は、人生をそっと変える時間となっていく──。


見終わって残ったのは「正しさ」と「後悔」の話だった

映画を観終わったあと、私の心に残っていたのは、
「人生の選択って、正しさじゃなくて後悔のなさで決めていいんだ」という実感だった。

人の一生は、ご縁という名の糸で編まれていて、
その中で私たちは、いつだって「後悔するかしないか」の判断をし続けている。

特に、映画のクライマックスで描かれた、あるひと言。
そして、私がかつて経験した出来事が、不思議なくらい重なって見えた。


【ネタバレ注意】なぜ宇佐美の「正しい選択」は、後悔を生んだのか?

終盤、すみれがタクシーを降りる直前に宇佐美にこう言う。

「お願い、もう1日…ここじゃなくて、ホテルに泊まりたい。」

高齢者施設に行く予定だったその日、すみれはふと、
“この夢みたいな時間をもう少しだけ続けていたい”という願いを口にした。

でも宇佐美は、それをきっぱり断る。

「無理です。そんな子どもみたいなこと言わないでください。」

彼にとって、それは責任と現実の間で悩み抜いた末の、
“美しい別れ”を守るための決断だったのだと思う。
夢に線を引くことで、現実に戻す。
そのほうが、正しいと思ったのだ。

でも後になって彼は言う。

「…あの時、あと1泊、ホテルに泊まればよかったな。」


私が選んだのは、「受け入れる」ことだった

この場面を観たとき、
私はある日を強烈に思い出していた。

病を患う彼と、車椅子で三重から東京へ向かう長距離移動。
私は初めての車椅子付き添いで、事前にいろいろ調べてはいたけれど、
当日はトラブル続きだった。

お金も、時間も、気力も、使い果たすような1日。
彼も長時間の移動でぐったりと疲れていた。

そんな中、彼がふいに言った。

「もう疲れた。目的地まで行かずに、今日はホテルに泊まりたい。」

そのとき私は、
彼がただ“体力的に疲れた”だけじゃなく、
これから訪れる現実を前に、少しだけ立ち止まりたかったのだと感じた。

この移動の先には、また別の生活が待っていた。
ある意味では、現実に戻っていくための“通過点”でもあった。
その前に、ほんの一瞬でいいから、非日常の時間を味わいたい。
気持ちを整える余白が、彼には必要だったのだと思う。

私は迷わなかった。

「同意。今日はもう、誰かの世話になろう。ホテルに泊まろう。」

その夜、ホテルで注文してもらった焼肉のお弁当。
疲れの中にぽつんと灯るような、あたたかさと小さな幸福。

人間は忘れる生き物で、記憶はいつか美化される。
でも、あの瞬間、たしかに私は幸せを感じていた。
それだけは今でも、変わらず覚えている。


「もう少しだけ夢を見たい」を、引き受けるということ

映画の宇佐美は、「美しい終わり」のために現実に戻した。
私は、「もう少し夢を見たい」という願いを受け入れた。

どちらが正解という話ではない。
でも私は、あの夜の焼肉弁当の湯気まで思い出せるほど、後悔がない。
むしろ、あの瞬間を引き受けられてよかったと心から思っている。


処方箋:正しいかどうかより、後悔しない方を

この映画が教えてくれたのは、
決断の基準を“後悔するかしないか”で選んでもいいということだった。

一緒にいて楽しくて、
あと少し、この時間を引き延ばしたいって思ったら――
迷わず、引き延ばせばいい。

映画が終わったあと、そんなふうに背中を押された気がした。
あの夜の焼肉弁当と、小さな「わがまま」を受け止めた記憶は、
私の人生を今も、そっとあたためてくれている。


📮 今、迷っている「小さな選択」があるあなたへ。
もしかしたら、それは
「正しさ」より「後悔しないほう」が、答えなのかもしれません。

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