長年の友人との関係に、ふと「違和感」を覚えたことはありませんか？
それは、相手が嫌いになったわけでも、何か大きな事件があったわけでもない。
ただ、どうしようもなく、心が離れていってしまった、あの静かで、少しだけ切ない感覚。
この記事は、そんな経験をした私の、非常に個人的な記録です。
もし、今あなたが同じように人間関係の悩みを抱えているなら、この思索の軌跡が、あなたの心を少しだけ軽くするヒントになるかもしれません。
季節の移り変わりと友人との関係
鼻先をくすぐる、スパイスの香り。異国の音楽が小さく流れる、エスニック料理店の片隅。
窓から差し込む西日が、テーブルの上に落ちて、長い影を作っている。
目の前には、数年ぶりに会う友人。
懐かしい笑顔に、こちらの心も自然とほころぶ。
最初の数分は、間違いなく楽しかったのだ。
空白の時間を埋めるように、互いの近況を報告し合う。
元気だったこと、変わりないこと。
その確認作業は、古いアルバムをめくるような、穏やかな時間だった。
けれど、話が少し深まってきた頃から、私は微かな違和感を覚え始めていた。
言葉のキャッチボールが、どうもうまくいかない。
投げたはずのボールが、予期せぬ方向に跳ね返ってくるような、あるいは、そもそも受け取ってもらえていないような、そんなもどかしさ。
それは決して、どちらかが悪いという話ではない。
ただ、どうしようもなく、何かが変わってしまったことだけは、確かなようだった。
静かな気づきの3行サマリ
関係性の違和感は、優劣の問題ではなかった。
それぞれが生きる「時間の流れ」や価値観が変わってしまった、ただそれだけのことなのだ。
そしてその気づきは、自分を大切にするための、静かな一歩へと繋がっていく。
かつての心地よさは、どこへ行ったのだろう
昔の私たちは、多くを語らずとも分かり合える、そんな関係だったはずだ。
ちょっとしたことで笑い合い、常にお互いの状況を逐一報告して知らないことなんて無いくらいだ。
彼女の言葉は、私の言葉だった。私の気づきは、彼女の発見でもあった。
同じ速度で、同じ景色を見ながら、心地よい並走を続けているような感覚。
それが、私にとっての彼女との時間だった。
だが、目の前の彼女と話しているうちに、私は奇妙な感覚に襲われた。
いつからか、私の方が「あの映画は興行収入がすごいらしい」とか、「もっと効率的な時間の使い方がある」とか、そんな話ばかりしていたのかもしれない。
心の奥では、暮らしの中の小さな喜びや、静かな感動について語り合いたいと願っているのに。
口から出てくるのは、どこかで仕入れた情報や成果の話ばかりだった。
会話を消費し、自分自身がすり減っていく。そんな感覚に、私は一人で疲れていたのだ。
目の前の彼女は、ただ静かに私の言葉を聞いていた。
時折相槌を打ちながらも、その瞳はどこか遠くを見ているようにも感じられた。
違和感の源は、彼女ではなかった。
私が距離を置きたいと思っていたはずの「情報」や「成果」の言葉を、私自身が語っていたのだ。
私たちの間にできてしまった壁は、私が無意識のうちに作り上げていたのかもしれない、と。
ある友人との、静かな決別
実は、この感覚は、今日初めて覚えたものではなかった。
中学生からの付き合いで、互いの成長を見守ってきた友人。
彼女は「継続」という社会の圧に馴染めず、派遣という自由な働き方を選んでいた。
私はといえば、自分を律し、逃げられない状況を作ることで「継続」を成り立たせてきた。
私たちは、そんなふうに違う価値観を抱えながらも、付き合いを続けてきたのだ。
ある時、彼女は私の新しい暮らしに強い興味を示した。
「家に行きたい」という雰囲気を言葉の端々から感じ、私は警戒しつつも、部屋の写真を数枚送った。
彼女は「思っていたより広いね」と言った。
そして、彼女は言った。
「私、今無職だからいつでも会えるよ」と。
その言葉を聞いた瞬間、過去の記憶がいくつも蘇ってきた。
彼女が不安定な時に、私が食事を奢った夜の数々。
気に入った人に何かを贈ることが、私自身の喜びでもあったから、それは苦ではなかった。
しかしなんだか、すべてがばかばかしくなった。
長年にわたる不均衡な関係。
その事実が、すとんと胸に落ちてきた。
私は心に決めたのだ。もう、どんな状況でも、彼女に一方的に与えるのはやめよう、と。
「別々で」と伝えた、その一言
彼女の私の家に行きたい雰囲気をやんわりかわし、互いの中間地点の駅で会うことにした。
苦手ながらも、お店は私が選んだ。
食事中、彼女はどこか浮かない顔をしていた。
「人生がつまらない」という雰囲気が、その全身から漂っている。
派遣の仕事も半年前には辞めていて、今はのんびりしているが貯金は減る一方だ、と。
働かなくては、という焦り。
しかし、動く気力は湧いてこないようだった。
私はただ、静かに話を聞いていた。そして、食事が終わり、会計の時が来た。
レジへ向かう私の後ろを歩いていた彼女が、スッと気配を消すように、私の背後へ隠れた。
その瞬間、会う前に感じていた予感は、確信に変わった。
いつもの私なら、ここで財布を出していたに違いない。
だが、私はもう、いつもの私ではなかった。
私はレジの店員へ、静かに、けれどはっきりと伝えた。
「お会計は、別々でお願いします」と。
驚いたことに、その一言の後、彼女の纏う空気も少し変わった。
どこか吹っ切れたような、さっぱりとした顔つきに見えたのだ。
私たちはその後、口直しにカフェへ寄った。
すると今度は、彼女が率先してレジへ向かい、自ら「別々で」と会計をリードしていた。
その姿を見て、最後のパズルのピースがはまった。
やはり、そうだったのか、と。昔のように心から楽しめなかった会話も、謎のお会計の駆け引きも、すべてが腑に落ちた。
友人という思いやりの中にあるはずの関係は、いつからか、甘えと期待の入り混じった、いびつな何かへ変わっていたのだ。
違和感の正体は「自分自身」だった
その友人とのこと、そして今日の出来事。
二つの経験は、私の中で一本の線で繋がった。
違和感の正体は、相手の変化だけではない。
他ならぬ「自分自身」の変化でもあったのだ。
相手に合わせ、自分の感情に蓋をし、不均衡な関係に甘んじていた過去の自分。
そして、いつの間にか世の中の価値観に染まり、空虚な言葉を語ってしまっていた自分。
そのどちらの自分に対しても、今の私が「それは違う」と静かに首を振っている。
そのサインが、「違和感」として現れたのだ。
誰かと話していて感じる「違和感」。
それは、相手を否定するための感情ではない。
むしろ、自分自身の輪郭を確かめ、自分を尊重するための、大切なサインなのだと思う。
「あ、私はもう、ここにはいないのだな」
「私が心地よいと感じるのは、こちらの世界なのだな」
そんなふうに、自分の心のありかを教えてくれる。
違和感とは、過去の自分に別れを告げる、羅針盤なのかもしれない。
まとめ
人との関係性は、まるで川の流れのように、絶えず移ろいゆくものだ。
かつて同じ岸辺を眺めていたとしても、いつしか違う流れに乗り、違う景色を見つめていることがある。
その事実を受け入れるのは、少しだけ寂しいけれど、嘆くようなことでもないのだと思う。
過ぎ去った心地よい記憶は、そのまま大切に胸にしまい、私は私の道を行く。
自分をすり減らす関係ではなく、互いを尊重できる、穏やかな人付き合いを大切にしながら。
帰り道、夕暮れの光がアスファルトを橙色に染めていた。
私はいつもより少しだけゆっくりと歩きながら、自分の内側にある静けさに、そっと耳を澄ませていた。
今日の気づきと、あの日の小さな一歩は、明日からの私の歩みを、きっと少しだけ確かなものにしてくれるだろう。
そんな予感がした。
