その人は、感じのいい人だった。
尖ったところもなく、仕事はちゃんとやっていて、話すとそれなりに楽しい。
誰に対しても丁寧で、嫌われる要素が見当たらない。
ある日、その人と少し深い話をした。
目次
- その人との会話
- 心を開いてくれた、その時
- 話せてよかったと思った
- でも、距離を取ろうと思った
- みんな誰かに嫌われている
- 昔の私も、そうだった
- 社会の枠に収まろうとしていた
- 変えるんじゃなくて、受け流す
その人との会話
職場に、そういう人がいた。
話しかけると、いつも丁寧に答えてくれる。
機嫌が悪そうな時も、顔には出さない。
仕事も、きちんとこなしている。
でも、周りからの評判には上がらない。
「いい人」というより、気配を消している人。
目立たない。
波風を立てない。
会社で仕事をスムーズにするための付き合いを、理解した距離感。
私も、最初はそう思っていた。
心を開いてくれた、その時
ある日、その人が私に話しかけてきた。
いつもと少し違う、少しだけ踏み込んだ話。
仕事のこと。
職場の人間関係のこと。
自分が感じている、微妙な違和感のこと。
「実は、私もHSP気質で」
その言葉を聞いて、ああ、そうだったんだと思った。
その人は、優しい雰囲気だから、人から話しかけられることが多い。
でも、心の中では繊細で、色々なことを抱えている。
その人がいるチームのメンバーは5人。
それぞれに、ちょっと嫌な部分があるなって思いながら働いている。
この人にはこんな部分があるし、この人にはこんなことがあって辛かったし。
すごく色々ある。
でも、それを表には出さない。
いい人で、優しい人を、会社で演じている。
それが、処世術なんだと。
心を開いてくれたんだな、と思った。
でも同時に、ふと思った。
私は、別チームだ。 だから言える話もある。
これは、他チームとの情報交換でもあるんだろう。
同じ敵がいると、仲良くなる。
チームが離れているからこそ、言えることがある。
自分も人間だから色々あるって情報を出すことで、相手が言いやすい雰囲気を作る。
それが、上手い人なんだと。
結局、利害関係の一致。
心を開いてくれたと思ったけど。
これは、友達じゃないよな。
話せてよかったと思った
それから、その人からの頼み事が少し増えた。
「これ、ちょっと見てもらえますか」
「相談に乗ってもらえますか」
私も話すと、楽しかった。
むしろ、話せてよかったと思った。
その人の抱えている色々なこと。
チームのメンバーそれぞれへの、微妙な不満。
仕事の中で感じる、やりにくさ。
聞いていて、分かる部分もあった。
でも、ふと気づいた。
この人は、関わる人のほとんどに対して、何かしら不満を抱えている。
それ自体は、人間だから当然だと思う。
誰にでも、合わない部分はある。
でも、それを聞いてしまったら。
私も、多分その中に入っているんだろうと思った。
その不満リストの中に、私も含まれているはずだ。
もう入っているか、これから入るか。
人間関係は、そういうものでもある。
でも、だからこそ、もう少し距離を取ったくらいが良いかなと思った。
みんな誰かに嫌われている
みんな誰かに、嫌われている。
いや、「嫌われている」というより、「うっすらと嫌な部分がある」と思われている。
どんなに感じのいい人でも。
どんなに仕事ができる人でも。
どんなに気を遣っている人でも。
誰かには、「ちょっとな」と思われている部分がある。
そして、私もきっと、誰かに「ちょっとな」と思われているんだろう。
その気づきは、妙に腑に落ちた。
完璧に好かれることは、不可能なんだ。
そして、それでいいんだと思った。
昔の私も、そうだった
その人を見て、昔の自分を見ている感じがした。
昔の私も、ドライさを表に出していなかった。
優しく振る舞って、感じよく接して。
相手は「仲が良い」と思ってくれている。
でも、私の中では、会社の人以上のものはないのだよな、と思っていた。
そのギャップに、悩んでいた。
相手は友達だと思ってくれているかもしれない。
でも、私にとっては、仕事上の関係。
そのズレが、しんどかった。
今の私は、表面にもドライさが出るようになった。
その人は、表面に出ないドライさを抱えている人。
どちらもドライなのだけど、見せ方が違う。
そして、私はもう、新しい方向へ向かっているのを感じた。
INTJでHSPな私が、社会の枠に収まろうとして気づいたこと
ずっと、社会の枠に収まろうとしていた。
職場で、いい人でいようとしていた。
誰にでも感じよく接しようとしていた。 嫌われないように、気を遣っていた。
自分を変えようとしていた。
もっと社交的に。
もっと明るく。
もっと、みんなと同じように。
でも、それは無理だった。
私はINTJでもあって、HSPでもある。
一人の時間が、めちゃくちゃ必要だ。
人に管理されるのが、無理だ。
人との接触回数が多いと、疲れる。
それは、変わらない。
変えようとしても、変わらない。
そして、変える必要もないんじゃないか、と思った。
変えるんじゃなくて、受け流す
自分を変えるんじゃなくて。
受け流す技術を、つければいいんじゃないか。
自分を変えなくても生きられる方法を、考えればいいんじゃないか。
例えば、人との接触回数を減らす。
フレックスを使って、朝一で出勤する。
休憩時間を、ずらす。
誰かに話しかけられても、適度な距離を保つ。
頼まれても、全部引き受けない。 「今は難しいです」と、断る。
社会の枠に、完全には収まらない。
でも、受け流しながら、自分のペースで生きる。
それが、私には合っている。
今、実験中だ。
人との接触回数を減らして、なんとなく良い感じがしている。
完全に孤立するわけじゃない。
必要なコミュニケーションは、ちゃんと取る。
でも、無理に合わせない。
無理に変わろうとしない。
自分を変えずに、生きる方法。
それを、今、探している。
みんな誰かに嫌われているなら。
完璧に好かれることが不可能なら。
自分を変えて、無理に合わせる必要もないんだと思う。
受け流しながら、自分のままで。
自分を変えずに生きる方法は、まだ完璧じゃない。
でも、昔より楽になった。
それだけで、十分だと思う。

