あなたは今いる場所で、本来の自分を出せていますか。
ちゃんとやっているのに評価されない。以前はできていたことが、なぜか今の場所ではうまくいかない。もし少しでも心当たりがあるなら、それはあなたの能力の問題ではないかもしれません。
目次
- 同じ人が、場所を変えると別人になる
- 「できないやつ」に仕立てられていく
- 自分を殺して、その場に馴染むということ
- 優秀さも、綺麗さも、土壌の上に咲く
- まとめ
同じ人が、場所を変えると別人になる
その人の声は、フロアの端まで届いていた。
会議で意見を求められる回数も、すれ違いざまに交わされる「さすがですね」の軽やかさも、その人の周りだけ空気が少し明るいような、そんな存在感。誰もが一目置く、優秀な人だった。
だから、転職したと聞いたときも、きっと次の場所でも輝くのだろうと思っていた。けれど実際は違った。移った先では、まったく評価されなかったのだ。それどころか、周囲のほうが優秀に見えて、あんなによく通っていた声が、だんだん小さくしぼんでいく。同じ能力を持った、同じ人のはずなのに。
その光景を思い出すたび、ひとつの問いが浮かぶ。優秀さとは、その人の内側に固定されたものなのだろうか。それとも、置かれた場所との関係の中で、初めて立ち上がってくるものなのだろうか。
自分で「私は優秀だ」「私は綺麗だ」と思う分には、それでいい。誰にも迷惑をかけない、静かな自己肯定だ。けれど優秀さや綺麗さが、周りの評価によって決まるものだとしたら——磨くべきは自分だけではなく、自分がどの評価の中に身を置くか、なのかもしれない。
そしてこの問いの答えを、私は誰かの観察からではなく、自分の体で知ることになった。
「できないやつ」に仕立てられていく
私自身、転職の回数は多いほうだと思う。けれどそれは、飽きっぽいからでも、逃げ癖があるからでもない。「ここにいたら自分は輝けない」——そう感じた瞬間に、場所を変えることを選んできたからだ。笑ってしまうくらい、その判断に迷いはない。
合わない場所というのは、たいてい二つの顔をしている。ひとつは、自分の性格とその環境が根本的に噛み合っていないこと。もうひとつは、その場で自分に割り振られる「役割」が、本来の自分とかけ離れていることだ。たとえば、周りの嫌なことを引き受ける係として雇われたような感覚。自分の意思とは関係なく、そういう立ち位置に押し込められてしまう場所がある。
そして恐ろしいのは、合わない環境が、能力そのものを書き換えてしまうことだ。できないことにされると、人は本当にできなくなる。周りが「この人はできない」という前提で接してくれば、その視線の中で少しずつ萎縮し、やがて本当に力を発揮できなくなっていく。同じ人間なのに、環境がその人を「できないやつ」に仕立て上げてしまう。
自分を殺して、その場に馴染むということ
合わない場所にいるとき、人は何をしているか。
自分を、殺している。
本来なら選ばない振る舞いをして、言いたいことを飲み込んで、その場に求められる形に自分を削っていく。馴染むために、少しずつ自分じゃない何かになっていく。それを毎日、朝から晩まで続けるということが、どれだけ人を消耗させるか。
――ここにいたら、自分は輝けない。
その感覚は、理屈より先に体でわかる。何を言っても響かない相手の表情、頑張っても返ってこない評価、自分の性格とすれ違い続ける役割。それらが積み重なったとき、私は「無理だ」と静かに悟る。そして、次の場所を探し始める。
自分磨きは、常にベースとしてやり続ける。それは前提だ。けれど、ベストを尽くしても一向に評価されないのなら、努力の量を増やすことより、努力の置き場所を変えることのほうが、ずっと効く。同じことをしていても、環境が変われば評価はまるごと反転するのだから。
優秀さも、綺麗さも、土壌の上に咲く
褒めてもらえる場所、良しとしてもらえる場所に身を置くと、何が起きるか。
自分磨きのスピードが、上がる。
輝ける場所に移ると、人は驚くほど変わる。自然と意見を言えるようになり、それが受け止められることでさらに自信がつく。認められる経験が、次の一歩の燃料になる。そしてその変化は、内面だけにとどまらない。内側が満たされてくると、それは不思議と外見にまで滲み出してくる。姿勢が変わり、表情がゆるみ、「もっと自分を綺麗にしたい」という前向きな欲まで湧いてくる。
ここまで来て、ようやく腑に落ちた。優秀さも、綺麗さも、その人の中に最初から固定されていたものではなかった。適した土壌に根を下ろしたときに、初めて咲くものだったのだ。
だから、もし今いる場所で自分がしおれていくのを感じるなら。それはあなたが劣っているからではない。ただ、土が合っていないだけかもしれない。
優秀さも綺麗さも、周りの評価の中で立ち上がってくるもの。同じ人でも、環境が変われば評価はまるごと反転する。だから自分を磨き続けたうえで、それでも評価されないなら、削るべきは自分ではなく「場所」のほうだ。
まとめ
植え替えられたばかりの植物は、しばらく元気がないように見える。けれど根が新しい土をつかんだ頃、それまでとは違う速さで伸びていく。
窓辺に置いた鉢植えが、少しずつ光のほうへ葉を傾けていくように。自分がどこで、どんな光を浴びているのか。時々、立ち止まって確かめてみてもいいのかもしれない。
しおれていたのは、あなたのせいじゃない。ただ、光の当たる場所へ、そっと自分を移してあげればいい。

