何を話しても「私の場合は」に変える人といると疲れる理由

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私の話をしていたはずだった。
「最近こういうことがあって」と話し始めると、相手はすぐに被せてくる。
「私はそれは苦手で、こっちの方が得意なんですけど」 「それより私の場合は——」 気づいたときには、もう相手の話になっている。

言い返す気にもなれなくて、「へぇ、なるほど」と言ってフェードアウトする。
それが一番消耗しない、と体が知っている。

目次

話が「共有」から「比較」に変わるとき

最初は、ただ話を共有したかっただけだった。 こういうことがあった、こう感じた。それだけの話のはずだった。

でも気づくと、話の主語が変わっている。 「私は」の話をしていたのに、いつのまにか「私の場合は」に置き換えられている。 比較するような反応に見えることがある。張り合う形で返されることもある。

なぜそうなるのか、正直なところよくわからない。 わからないというより、そこを掘っても仕方がないと思うようになった。 相手の中で何が起きているのかより、私がその瞬間に何を感じているかのほうが、はっきりしている。

聞いていないわけではないのだと思う。むしろ聞きすぎているように見えることさえある。 一言話しただけで、すぐに自分の話に切り替わっていくから。 ——ただ、その理由を決めつけるのはやめておく。 決めつけたところで、次に同じことが起きたときの疲れ方は変わらない。

疲れているのは、比較そのものじゃない

比較されること自体には、実はそこまで消耗しない。 「私の方が得意」と言われても、ふうん、そうなんだ、で済むことも多い。

疲れているのは、そこじゃない。 自分が話していたはずの時間が、いつのまにか相手の時間になっていることに疲れている。

話を取り戻そうとすると、もっと消耗する。 「いや、私が言いたかったのは」と続けようとした瞬間、また違う角度から返ってくる。 一つの話を終わらせるだけなのに、何度も体力を使う。 気づけば、最初に話したかった内容よりも、会話の主導権を取り戻すことのほうに気を取られている。

それに気づいてから、無理に取り戻すのをやめた。

3行サマリ

・私の話がいつの間にか相手の話になる会話は、思っている以上に疲れる
・相手の心理を決めつけるより、自分がその会話でどう消耗するかを見る
・私は張り合い返さず、「へぇ、なるほど」で会話から降りることが増えた

「へぇ、なるほど」で降りる

言い返せば、相手の土俵に乗ることになる。 「私の場合は」に「いや、私は」と返せば、同じ形の会話がもう一往復増えるだけだ。

だから、「へぇ、なるほど」と言ってフェードアウトする。 これは負けでも、我慢でも、相手への同意でもない。 その会話を取り戻そうとしない、比較の土俵に上がらない、というだけのことだ。 自分のエネルギーを、そこで使わないという選択。

これが正解だとは思っていない。 ただ、私にとってはこれが一番消耗しない、というだけだ。

何度話しても同じように疲れる相手とは、話す量を減らすようになった。 特別な決意があったわけではなく、気づいたらそうなっていた。

だから最近は、「へぇ、なるほど」で終わらせることが増えた。 会話を取り戻すことより、そこから静かに降りる方が、今の私には楽だ。

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