- 原題:Heretic
- 邦題:異端者の家
- 製作年:2024年
- 日本公開:2025年4月25日
- A24作品/配給:ハピネットファントム・スタジオ
- 監督・脚本:スコット・ベック&ブライアン・ウッズ
- 出演:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト ほか
- 上映時間:111分
布教のため一軒家を訪れた、若い女性ふたり。出迎えたのは、物腰やわらかな謎の男・リード。だがその家は、信仰と自由意志を試される、出口のない迷路だった——。
静かな気づき
- 信仰や自由意志をめぐる対話が、少しずつ「支配」に変わっていく映画
- 閉ざされた家の中で続く会話に、終始ざわざわした不安がまとわりつく
- ヒュー・グラントの笑顔が逆に狂気を帯びていて、最後まで心が休まらなかった
はじめに|苦手だったのに、目を逸らせなかった映画
正直に言うと、私はこの映画が少し苦手だった。
というより、「ずっと観ていて落ち着かない」そんな映画だった。宗教、自由意志、沈黙、そして閉ざされた家の中で繰り返される対話。その世界に入り込むほどに、不安と違和感がどんどん広がっていった。
でも途中でやめられなかった──というか、映画館の中だから観る以外ない、という状況もあった笑。
ずっと何かを突きつけられているようで、目を逸らすことができなかった。観終わったあとも、あの不快さだけは妙に残った。
見た目の美しさと、内側に潜む不穏さ
映像はとても静かで美しい森の風景、一見穏やかな家の中、そして自然光が差し込む無機質な空間。
でもその美しさのすべてに、どこか「異常さ」がまとわりついている。自然の中にいるのに、呼吸が詰まるような感覚。
言葉にされない支配、沈黙による恐怖、そして信じるということの怖さ。ふたりの女性の瞳の奥にある、言いようのない緊張感がずっと続く。
ヒュー・グラントの笑顔が怖すぎた
この映画でいちばん印象的だったのは、ヒュー・グラント演じるリードの笑顔だった。
彼は一度も怒鳴らない。暴力的な顔を見せるわけでもない。むしろ物腰は柔らかく、よく笑い、こちらの疑問にも理屈を丁寧に、まるで先生のように説明してくれる。普通なら、それは「感じのいい人」の条件のはずだ。
でも、会話が続けば続くほど、なぜか逃げ道が塞がれていく感覚があった。優しい説明のひとつひとつが、少しずつ退路を断っていくように聞こえてくる。
笑っているのに、全然安心できない。
むしろその笑顔が出てくるたびに、怖くて息を詰めてしまった。怖さというのは、怖い顔をしているとは限らない。この映画を観て、そのことを実感した。
自分で選んでいるようで、選ばされている
物語の中盤、リードはたびたび“選択”を差し出してくる。一見、こちらの自由意志を尊重しているように見える瞬間だ。
でも見ていて落ち着かなかったのは、その選択肢自体を用意したのが誰か、という点だった。ルールを決めたのも、空間を支配しているのも、常に彼だ。ふたりの女性は、自分の意思で考え、選んでいるつもりでいる。けれど、その「考える」も「選ぶ」も、最初から彼が作った盤面の上でしか動けない。
自由に見える選択が、実はまったく自由じゃないかもしれない――そのことに気づいたとき、私はただただ、早くこの家から出てほしいと思っていた。リードがまた何か説明を始めるたびに、身構えるように緊張した。会話が終わらない。出口が見えない。その息苦しさこそが、この映画の一番怖いところだったと思う。
疑うことからしか、そこには抜け出せないのかもしれない――映画を観ながら、そんなふうに感じた瞬間があった。
おわりに|ブルーベリーパイがしばらく食べられない映画
観ていて、終始ざわざわしていた。正直、苦手な映画だった。
快適な映画じゃない。
それでも、しばらく経った今もふとした瞬間に思い出すのは、内容の細部よりも先に、あの笑顔と、家の中の空気だ。
先日、カフェでブルーベリーパイを見かけた。それだけで、リードの笑顔と、あの息の詰まる部屋の空気が、ふっとよみがえってしまった。
しばらくは、ブルーベリーパイを、素直な気持ちで食べられそうにない。
配信で観る場合は、対応サービスを事前にご確認ください。

