SNSで「観てきた」という投稿を見かけた。
え、もうやってるんだ。
その日のうちに、一人で劇場に向かった。
予定も準備もない、思いつきの鑑賞だった。
3行サマリ
・明確な恐怖描写よりも、情報を与えすぎない演出が「清い気持ち悪さ」を生んでいた
・物語の中に安心して頼れる人物がいないことが、空間の不安定さをさらに強めていた
・見せつけたあとに一気に引く終わり方が、長く続く余韻を作っていた
【作品情報】
・タイトル:Backrooms(バックルームズ)
・監督:ケイン・パーソンズ
・出演:チウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス 他
・配給:A24
・あらすじ:家具店の店主クラークは、店内であるはずのない隙間を見つける。その先には、黄色い壁紙が果てしなく続く異様な空間が広がっていた。セラピストのメアリーに話しても信じてもらえず、証拠を残そうと、クラークは再びその空間に足を踏み入れる。
「天才」の中身
観終わった直後、真っ先に浮かんだのは「天才」という一言だった。何がそんなに好みだったのか、もう少し辿ってみたい。
明確な怖さやグロテスクな描写があるわけではない。血もほとんど見せないし、怪物が出てきても、それだけが恐怖の中心というわけでもない。それなのに、ずっとどこか気持ち悪い。ちょっとした隙間。均等になっていない壁。少し曲がった廊下。普通ではない長さ、数、広さ。奥のほうに小さく見える光。そういう一つ一つに、巧妙な計算を感じる。ただグロい、ただ怖い、ではなく、ゾワッとくる。一度気づいてしまうと、もう気にせずにはいられなくなる。泣かせようとか、驚かせようとか、怖がらせようとかいう分かりやすさではなく、気がついたら観ているこちらまで、その空間に迷い込んでしまっているような怖さだった。その「清いくらいの気持ち悪さ」が、とにかく好みだった。
答えを与えられそうで、与えられない
上映中ずっと、何があるんだろう、どこに繋がっているんだろう、という好奇心に引っ張られ続けていた。答えを与えられそうで、与えられない。そのギリギリのラインを、最後まで保ち続けてくる。情報を出し惜しみしているのではなく、出さないこと自体が、計算された演出になっている。
セラピスト役の存在も、この不安定さを支えている一人だった。本来なら、観客からすれば「この人についていけば大丈夫」と思えるはずの立場のはずなのに、彼女自身もどこか精神的なものを抱えていそうな気配がある。物語の中に、安心して頼れる人物がいない。その頼りなさが、Backroomsという空間そのものの不安定さを、さらに強めていた。
見せつけたあとに、一気に引く終わり方
終わり方も最高だった。この世界観はこういうものなんだ、というのを一度しっかり見せつけたあとで、カメラが一気に引いていく。説明を重ねるのではなく、引くことで終わる。
派手な仕掛けを足すのではなく、何を見せないかだけでも、こんなに人を落ち着かなくさせられることが面白かった。
ある夜のこと
家に帰って、スマホでもう一度予告編を検索してみる。何度観ても、あの店内の壁にあった、あるはずのない隙間が、妙に生活感のある場所に見えてくる。棚に並んだ食器を片付けながら、うちの収納の奥にも、何かありそうな気がして、少しだけ手を止めた。

