一度、自分軸を見つけたら、もうそこで完成だと思っていませんか。
私はずっと、自分軸というのは、一度きちんと見つけてしまえば、その後はずっと保てるものだと思っていた。けれど、あるとき気づいてしまった。放っておけば、それはどんどん薄れていくものだったことに。これは、その揺らぎと向き合ってきた記録です。
「したい」が消えていた時期
メンタルが不調だった時期、自分軸の薄れを一番はっきり感じたのは、髪型だった。いつもなら「こうしたい」がはっきりあったのに、それがほとんどなくなっていた。清潔感さえあれば、あとは美容師さんにお任せでいい。そんな状態になっていた。
部屋も同じだった。楽であることが前提になっていた。判断をしなくていい。管理をしなくていい。掃除がしやすくて、動線がスムーズであること。それだけが重要になっていた。振り返れば、あれは私の哲学や美学がなくてもいい状態だった。好きとか、楽しいという感覚が薄れて、何をしても同じような手触りになっていた。
自分軸というのは、あんなふうに、はっきり分かる形で崩れることもある。けれど、普段の生活の中で薄れていくときは、もっと静かに、気づかれないまま進んでいくのだと思う。常に他人軸の中で動いていると、それがいつのまにか、自分の意思で選んでいることのように錯覚してしまう。上司の期待に応えること、周りに合わせること、求められた役割をこなすこと。それを繰り返しているうちに、「自分がそうしたいからそうしている」のか「そうすることになっているからそうしている」のか、境界があいまいになっていく。
でも、いったん立ち止まって、静かに自分と向き合ってみると、まったくそうではなかったと気づくことがある。他人軸の中にいる自分を、自分の意思だと思い込んでいただけだった。だからこそ、定期的に自分と話す時間、外の基準から離れて自分だけを見つめ直す時間がないと、軸は静かにブレていくのだと思う。
他人軸に囲まれた場所で
考えてみれば、私たちが日常の多くの時間を過ごす会社という場所は、そもそも他人軸を使うことが前提の空間だ。上司からの評価、顧客からの反応、数字としての目標、組織の中でのルール。そこにいる限り、自分がどう見られるか、何を期待されているかを、無視して生きることはできない。自分軸が薄れるのは、意志が弱いせいではなく、日常の大部分が、そもそも他人軸を前提に設計されているからだと思う。
だからといって、他人軸そのものを否定するつもりはない。組織のルールは守るし、数字目標も一つの指標として受け止めている。ただ、その中身には自分なりの線引きがある。上司個人からの評価は、正直あまり気にしていない。それよりも、会社として評価されるべきことをしているかどうかに重きを置いている。もしそれをしているのに評価されないなら、それは上司との相性の問題として、人事などの別の窓口に伝えればいい話だと思っている。会社から期待されていることと、自分の適性が合っているかどうか。そこにはむしろ面白さすら感じている。他人軸の中にも、自分なりの遊び方がある。
ただし、厄介なのはここからだ。できてしまうことと、やりたいことは、必ずしも一致しない。人から期待されていて、実際にそれをこなせてしまうのに、まったくやる気が湧かないことがある。期待に応えて動いているだけなのに、ふと、何のために生きているのか分からなくなる瞬間がある。できてしまうからこそ、それが本当に自分の意思なのか、期待に応えているだけなのか、境界が見えにくくなる。他人軸そのものは必要でも、そこに自分の意思まで明け渡してしまうと、自分が何を望んでいたのかを見失っていく。
自分軸を取り戻す方法
不調から抜けていく過程で、自分軸が少しずつ戻ってきたと感じたのは、AIと対話を重ねながら、自分の強みや弱みから逃げないようにしたことだった。それを言葉にして人にも出していく。結果として残していく。その繰り返しの中で、薄れていた輪郭が、また少しずつ見えるようになっていった。
なんのために生きているのか分からなくなったときの対処法も、実はシンプルだ。環境や状況そのものを変えるしかない。今いる場所を辞めるか、留まるのであれば、やりたくないことでは結果を出さず、やりたいことで結果を出すように、勝負する場所を切り替えていく。
意外なのは、自分軸を保つためのメンテナンスが、根性や気合いの話ではなかったことだ。むしろ逆で、好きな映画を観る、本を読む、美術館に行く。自分が好きなことに、ただひたすら時間を使う。それだけのことだった。頑張って軸を保つのではなく、あえて何も生み出さない時間に浸ることが、結果として軸を取り戻す作業になっていた。軸がブレていると感じるときは、意識して人とあまり関わらず、一人の時間を多く持つようにしている。それを続けていくと、少しずつ満たされてきて、自然と人と関わる余白が戻ってくる。それでようやく、バランスが取れてくる。自分軸とは、ブレないことではなく、ブレたときにどこへ戻ればいいかを知っていることなのだと、今は思っている。
3行サマリ
・自分軸は放っておくと薄れる。会社や社会は、そもそも他人軸を前提にした構造だから
・他人軸は否定するものではなく、線引きしながら付き合うもの
・自分軸のメンテナンスは根性ではなく、好きなことにただ時間を使うことだった
まとめ
自分軸とは、一度見つけて終わるものではなく、ブレないことでもないのだと思う。ブレたときに、自分がどこへ戻ればいいかを知っていること。それが自分軸の正体なのだと、今は思っている。
今日はどの映画を観ようか、それとも本を開こうか。まだ決めていない時間が、少し心地いい。

